2014年12月7日(日)

 

昨夜のワイン会は澱まで美味しく飲んで歴史を振り返りました。

普通、ワインの澱は邪魔なもの(捨てるもの)と思われていて、

あえて飲まないのですが、絹のようなのど越しと「バラの香り」に誘われて

飲んでしまいました。

 

 

シャンボルミュジニーのワインはとてもエレガントでチャーミング。

立ち上る香は華やかで、若いうちは「酸っぱい」味が前面に出て繊細ですが、

今回のように熟成を重ねてくると、「ふくよか」(グラマーさが加わり)になり

甘みは長く続き、とても円やかになります。

オードブルはアワビと穴子のスモーク、帆立とぼたんえびタルタル、鱧のフリット

 

 

銀たら赤ワインマリネのロースト

 

 

始めに開けた’83は若々しく魅力的な香りが出て、普通はこれが「トリ」だと

思われるくらいの出来栄えです。

開きが遅く可能性を秘めた’76と’66は3時間後に開花。

そして今回一番の出来の’72ミュジニーのグラスからあふれ出した「バラの香り」

に一同驚愕です。’59はミュジニーより格下とは思えないほど素晴らしい香りが、

前日の抜栓時から続き「ヴィンテージがワインを造る」に納得しました。

若いころは「つんつん」したお嬢さんが30歳を過ぎ55歳になったまでを見たような

3時間半はとても短く感じられ、7名(グラス1杯しか飲めない参加者1名含め)で

5本は適量でした。

とても生産量の少ないワインばかりで「もう一度飲みたい!」

と言われた時の為にさがしてみたところ同じものは皆無で、

近いヴィンテージの70年代のドルーアンは1本¥300000くらいと言われ、

59年のシャンボルミュジニーは出てきませんでした。

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2014年11月30日(日)

 

ワインを愛する者として、この「飲む歴史遺産」に敬意を払い、

真摯に味わうべきだと常に考えています。

現代では考えれれないほどの犠牲の上に造られたワイン達。

情報が今のように瞬時に広がらなかった時代は、ただひたすらに

休みなく朝から晩まで、害虫(害鳥)、雑草駆除などぶどうの樹の世話を

しなくてはならず、クリスマスを過ぎても翌年の為に畑に出て作業を

怠らなかったところのワインは50年を過ぎた今でも色褪せることなく

とても輝いています。

1980年代FAXが普及するころまで、ワインの生産者達は決まった取引先にしか

自分たちのワインを販売できずにいました。しかしこのFAXの出現が劇的に

市場流通を変えてしまい、それと共に仕入れ買い付けのプロの存在も

薄れてきました。どこの畑の物が優秀で、ブレンドするとどうなるか等

生産者が知りえなかったノウハウが静かに消えてゆきました。

そのころのネゴシアン物で「はずれ」が少ないのはその為です。

地域にもよりますが、1985年くらいまでは伝統的な造り方や考えを持った

生産者達が現役で活躍出来た時代で、その後相続が進み畑を手放したり

温暖化の波が押し寄せ、メリハリがきいて「香りだけで酔える」ような

銘酒は少なくなってきました。

今までのワイン生産者達の多くは自家取引を始め、一番のフランスワインの

顧客であるアメリカ人向けのワイン造りに転向し始めたのは歴史の通りです。

更に90年代後半からアメリカのあの点数で有名な人が注目されると

ワイン市場はさらに激変してしまいました。

そうです、「料理に合わないワイン」の登場です。

私が愛してやまないワイン達はそんな流れにさらされる前の、そして現在よりも

理想の気温に近かった時代(気候が冷涼で朝晩の温度差も十分)の物です。

50年前の生産者やネゴシアン達が、この極東の地方都市「仙台」で、

これらのワインを揃え、そしてそのころは存在しなかった最高の「ロブマイヤー」

グラスで料理と共に楽しんでいることを知ったらどんな顔をするんでしょうか?

そんな思いを胸に今週末のワイン会の準備をしています。

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2014年11月28日(金)

 

1959年は世界的に好天に恵まれてぶどうの生育も良く、

「何もしなくても美味しいワインが出来てしまったんだ」と生産者達が驚くほどの

出来栄えでした。このような年のワインはとても長寿で、

目隠しで飲んだら何年経ったものか当てられる人はなかなかいません。

あと30年以上はチャーミングな美味しさが続くようです。

こんな素晴らしいワインを来週12月6日のワイン会で開けます。

とても楽しみですね。

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